×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

管理人の日記です

前の日記[2004年後半]


引っ越し 2005年5月31日

『管理人の日記』は新たに『管理人のブログ/ムンカミ日記byコオル兄ィV』としてリニューアルしました。→ブログに移動


元メガデスの... 2005年5月6日

マーティー・フリードマンが日本語ペラペラなのには驚いた。


堂本兄弟 2005年5月2日

昨夜は『200回記念ノンストップメドレーSP』という企画で、新旧織り交ぜた日本のヒット曲を生放送で生演奏していた。
この番組はLIVE感があって好きなので『ラブラブ愛してる』の時代からよく見ていた。曲は全て生演奏なのが堪らん。バンドのメンバーもそうそうたる顔ぶれで、その中でも私は村上ポンタ氏と吉田健氏のリズム隊が好きだ。気になるギタリストは高見沢氏、麗蘭の土屋氏といった顔ぶれに時々ヨッちゃんも加わってる。因みに渋谷の楽器店でヨッちゃんを見かけた事があるが、彼ほどオーラが無く一般人に溶け込んでいる芸能人は多くないだろう(笑)
話を戻すと私の場合、主役であるKINKI KIDSには全く興味がない。もし興味があったら気味悪いだろう。 ウラをとるために番組サイトをチェックしていたら掲示板で「ギターを弾いて歌う光一さん格好イイ!」等というたわけた書き込みを見つけてしまいビックリ。どこがじゃ〜!...昔、欽ちゃんバンドでサックス初心者の風見しんごが下手なのに恰好つけて演奏するその姿を見て、えらく恥ずかしかったのを思い出す。大して弾けないのに曲によってギターを持ち替える剛君にも軽い苛立ちを感じてしまう。...いかんいかん、毒を吐いてしまった。(KINKI KIDSファンの方、すみません)
しかし、何と言っても嬉しかったのは最後に我が心の師・忌野清志郎氏が乱入して1曲歌った事。しかもアンコールでは曲の入りを間違えて「ウォーッ!!」っと絶叫する場面まで見られた事だ。
また、普段は絶対に歌う事のないポンタ氏が『ロマンチックが止まらない』を、吉田健氏が『六番目のユウウツ』をそれぞれ歌う姿を見られたのも非常に貴重だった。


デジカメ 2005年4月21日

壊れた。ウンともスンとも言わない。もう結構使ったからモトは取ったけどねぇ...
最近は修理するより新品を購入した方が安かったりする。環境の事を考えると使い捨てってのはあまり気が乗らないんだけどなぁ。デジタル機器の修理代って異様に高いからなぁ。
(SONYのMDウォークマンで懲りてる)
因みにモノはNikonのCool Pix。使い勝手は悪くないのだが最大の欠点は電源入れてから写せる状態になるまで時間がかかる事。これで何度シャッターチャンスを逸した事か(涙)。


復旧 2005年4月19日

4/16の日記をアップロードしようとしたら何が悪いか解らないが出来なかった。それだけでなくネット上からこのサイトのトップページが消えてしまった。
プロバイダに問い合わせてヒントをもらい色々試した結果やっと復旧した。どうやらウイルス撃退ソフトが邪魔していたようだ。


師匠 2005年4月18日

今日は久々に師匠とゆっくり話す時間を持てた。話した内容はあまりにも個人的な事なのでここに書く事はやめておくが、とても有意義な時間だった。


高田渡さんと訃報 2005年4月16日

今朝ネットでフォークのカリスマ高田渡さんが亡くなったというニュースを知った。56歳という若さだ。彼が大活躍した60年代に私は生まれたので、リアルタイムで氏の音楽を聴いていた訳ではないが、NHK-BSの特別番組などで氏の存在を知り、その飄々としたキャラクターと渋い歌声に一気にファンになってしまった。
2年前に阿佐ヶ谷で行われた反戦ライヴではご一緒させてもらう機会にも恵まれた。打ち上げでテンション高く飲んで喋って場を盛り上げていた楽しい氏を思い出す。
故人の冥福をお祈りします。


血豆 2005年4月2日

昨年11/22に三味線弾き&ギタリストの命でもある左手の人差し指をペンチで挟んで血豆が出来てしまったと書いたが、またやってしまった。前回と同じペンチでほとんど同じ場所を挟み血豆ができた。当然シャミやギターは痛くて弾けない。ライヴのたて込んでいる時でなくてよかった。
体調の悪い時は何をやってもダメである。こういう時、細木さんに見てもらうと「大殺界」とか言われるのかも知れない。


風邪2 2005年4月1日

3月中旬から続いている風邪が、何だかどうもスッキリしない。熱も下がったと思えばまた上がる始末。二、三日のんびりと休む事が出来れば治るのかも知れないが、なかなかそういった時間をとる事が出来ないままズルズルと今に至る。三味線を弾く元気もでない。あぁ、しんどい。


風邪 2005年3月24日

前回のグルくんライヴ(3/11)の日に発熱、翌土曜日は39度を越えてしまい最悪な状態で週末を過ごした。薬が大嫌いな私は風邪薬など絶対に飲まない。放っておけば治るし、薬なしで治した方が後がスッキリするからだ。そうして何日か経ち徐々に良くなってきていたのだが、今度はうずまきのリハやら本番が続き、3日前あたりからまた微熱が出てきた。と思ったら昨夜はまた39度を越える発熱だ。ツライのぉ。


黒声 2005年3月2日

「黒声」と書いて「くるぐい」と読む。その心は...ドスの利いた声とか、ダミ声の事を指す。
先日、以前から気になっていた唄者・里国隆(さと・くにたか/故人)のCDを2枚購入した。この人の声は凄い。ダミ声というか何というか、とにかく美声とは対極の声である。その声はまるでアメリカの綿花畑でチューニングの甘いギターを弾きながら歌う年老いた黒人ブルースマンのようだ。またつぶやくように唄う部分は高田渡氏の声にも似ている。
激しく乱暴な唄い方に聞こえるが、よく聞くと非常に温かい。何だろうこの感覚は。他人とは思えないのだ。こんな唄い方をするオジィが親戚に一人や二人は居そうな気がしてきて懐かしい気持ちになってしまった。


たばこ 2005年3月1日

煙草をやめて2週間になる。常習的に吸うようになってから二十数年経つが、今まで一番長い禁煙期間は1ヶ月間だった。その時は毎日が辛くて辛くて...「キツイのは最初の3日だよ」だとか、「一週間経てば大丈夫だ」とかいろいろな禁煙経験者たちから頼りにならないアドバイスをもらったが、3日が経とうが一週間経過しようが、もうホントに毎日が辛くて辛くて堪らなかった。そうして悶絶の期間を過ごし、晴れてまた1ヶ月目に喫煙者に逆戻りしてしまったワケだ。
ところが今回は全然辛くない。
結局、禁煙なんていうものは体の問題(禁断症状など)ではなく、アタマ(考え方)の問題なのだという事がよくわかった。


唄の稽古 2005年2月24日

先日師匠のお宅にお邪魔し、唄の稽古をつけてもらった。シマ唄は全て難しいが、その中でも比較的唄いやすい「野茶坊」と「一切朝花」を今回は取り上げて曲げ所を教わった。意外にも、というか、やはりというか、簡単だと思っていた曲も師匠のように御韻(グイン)を入れて唄うのは非常に難しい。
稽古を付けてもらいに行っているのに、また油そうめんをご馳走になった。一緒に伺った奈良氏も大喜びである。
以前にもここで紹介した(2004年7月4日の日記)が、師匠の作る油そうめんは絶品である。名瀬の「かずみ」のように東京で「いくえ」なんて店をやったら、美味しい料理と渋い唄を目当てのお客さん達で連日大盛況なんじゃないかな...。

絶品・油そうめん(半熟玉子のせ)w/黒糖

リハーサル 2005年2月15日

今日は2/18(金)に五反田結ま〜るで行われるライヴのリハをしてきた。タナカドイというユニットで奄美シマ唄をやるのだが、マブリとはひと味違ったシマ唄をやってみようといろいろと試行錯誤している。昨年12月にやった時はゲストにパンデーロ奏者の小澤氏を迎えたりしたが、今回はフルート奏者のマヤさんをゲストに迎える事になった。彼女はJABARAレコードが出している実力派若手唄者のCDにも参加しているので奄美シマ唄は初めてではない。とは言えシマ唄は唄う人によってかなり違うもの。しかし彼女にはあまり問題ないようで次々と音を合わせてくる。その呑み込みの早さと音感の良さに驚いてしまった。本番が楽しみである。


国立市 2005年2月14日

左から伊藤、守、土居、タナカ

一昨日は国立市公民館で十五夜会のメンバーとしてシマ唄ライヴに参加してきた。昨年12月にこの公民館で行われたXmasパーティーにゲスト参加した際の出番は30分だったのだが、次はもっと聴きたいという有り難い主催側からの要望もあったので、今回はたっぷりと2時間、しかもプロジェクターを使い地図や歌詞を映し出すなどして一曲一曲解説を付けたより濃い内容のシマ唄ライヴとなった。
お客さんは年輩の方が多くとても静かにライヴを見てくれていたが、「島のブルース」では一緒に唄ってくれたし、最後の六調では右の写真のようにたくさんの方が前に出てきて踊ってくれたので嬉しかった。
また、ゲストとしてヨーロッパで修行を積んできたというタップダンスの伊藤ケイコさんを迎え、ひと味違ったシマ唄ライヴを国立の人たちに楽しんで戴けたんじゃないかな、なんて思っている。
因みにここの公民館はスタッフがとても明るく親切で、チームワークも段取りもしっかりしていて全く『お役所仕事』的ではないので、大変気持ちよくやらせていただくことが出来た。

最後は六調で踊りまくりっ!

拳を突き上げて「ハイッ!」わぃわぃライヴ 2005年2月6日

金曜は結ま〜る・わぃわぃライヴに奈良氏と共に参加してきた。わぃわぃライヴは悦子ママが主役なので私は基本的にほとんど唄わず、静かに横でギターや三線でサポートをしている。悦子ママは実にいろんな曲を知っていて、ライヴでは沖縄の古典や民謡だけに止まらず、古くは沖縄フォークや最近の沖縄POPSも唄う。奈良氏もいつの間にかBEGINの曲を何曲か唄えるようになっている。私にも何か唄うように言われるので、そんなときはいつも常連さんにウケの良い70年代フォークソングを歌うようにしているが、一昨日はいつもと顔ぶれが違いフォークソングがウケないような気がしたので、ビートルズの『Till There Was You』を唄ってみたら客席はごく一部を除いてほとんど無反応。見事にスベってしまった。もう少し知名度の高い曲をやれば良かった。


ハリウッド映画に見る日本 2005年2月5日

久しぶりにTSUTAYAでDVDを借りてきて映画「THE DAY AFTER TOMORROW」を見た。地球の温暖化が進んで極地の氷が溶け出し海流が変わる事で、北半球が一時的に強烈な氷河期になってしまうと言うストーリーだ。この映画の冒頭で東京・千代田区に突如大粒のヒョウが降ってくるというシーンがあった。これが非常に笑える。面白くて何度も見直してしまった。何が可笑しいかというと、まず日本の中心である千代田区という設定なのに、道路は車が一台やっと通れるくらい幅が狭い。またその道の両脇には薬屋やマンガ喫茶がひしめいている。高級鉄板焼き・山本というのもあった。そのお店の雰囲気がどうも中国っぽい。画面全体が中華街っぽいのだ。カンフー映画に出てきそうな白髭の老人まで登場していた。
ハリウッド映画ともあろうものが、千代田区くらい解りにくい場所でもないんだから、ちゃんと調べてから撮影しろよ!と思ってしまう。監督:ローランド・エメリッヒか... ドイツ人か?日本を知らないのかな。チョンマゲ結った日本人が出てこなかっただけまだマシなのか。


ライヴハウス 2005年2月4日

昨日はハードフォーク・ユニット『うずまき』のライヴで四谷天窓に出演してきた。我々の他に出演者が4組、そのほとんどが20才代前半の若者で彼等から見たら我々は完全にオジサンである。「このオジサン、何しに来たんだろ」と思われても仕方がない。我々の出番はトリだったので、2番目・3番目の出演者を客席から見ていた。どちらも地方のストリートあがりの一人でギターの弾き語りを聴かせるタイプ。二人とも歌もギターも上手なのだが、何故か無駄にテンションが高い。まるでお笑い芸人のようだ。それが悪いとは言わないが、見ていて楽しいのは初めのうちだけ。そのテンションでずっとステージを続けられると客席の私は非常に疲れてしまうのだ。ストリートではこれくらいテンションが高くないと道行く人は足を止めてくれないのかも知れない。路上と屋内は違うのになぁ...。
さて、そうして苦痛の時間は過ぎて行き、4番目の出演者が始まった時に我々は楽屋へ。入ってビックリ、あまりにもヒドい散らかりように目を疑った。我々だけ4人のユニットで一番荷物が多いのだが上着はハンガーに、また楽器や荷物は部屋の端に寄せて置いている。ところが他の出演者どもときたら、出番が終わったのにもかかわらずギターはケースにしまわず出しっぱなし、2脚しかない椅子のうちの片方に口が開いた状態でカバンを放置、使用後のステージ衣装は脱ぎっぱなし、しかもそれが私のエフェクターの上に無造作に掛けられているではないか。これでは座る場所はおろか、居場所すらない状態だ。で、当の本人達は会場内でお客に声をかけ自分のCDを売る事に一生懸命だ。この子達の歌う歌詞がカラダに浸みて来ないワケが解った。自分さえ良ければいいと思っている奴らが書いた曲に心が揺さぶられるワケがないのだ。大きなお世話かも知れないが彼等には「ミュージシャンなら楽器をもっと大事に扱え」とだけ言っておきたい。


ミックスダウン 2005年1月30日

昨年12/23に配布開始した我らがマブリの新CD『島遊び』。今年に入ってからパーカッショニストで音響にも精通している土居秀行氏にリミックスをお願いした。
するとどうでしょう、打楽器の音が深みを増して全体に音が厚く、良い意味で以前とは全くの別物になってしまったではないか。心なしか唄までもが少し巧く聞こえる。
やはり餅は餅屋なんだな〜。知識のある人がミックスダウンするとこんなにまでも違うか!と痛感。ま、これは嬉しい悲鳴なのですが。


朝花節 2005年1月21日

関西の芸人で木村祐一なる人物がいる。昔は二人組で漫才をやっていたそうだが、その辺はよく知らないし見た事もないので芸人として面白いかどうかは解らないけれど、料理人としてはなかなかの腕前のようだ。最近いろいろな番組で彼が料理の腕前を披露しその料理を食べたタレントが皆「おいしい、おいしい」と絶賛している場面を何度も目にした。
昨夜、深夜番組を見るともなく見ていたら、たまたまこの木村祐一が小料理屋の主人という設定で出ていて、ゲストにソース焼きそばを振る舞っていた。それが本当に美味そうだったので麺好きの私にとっては堪らない。「お願いだからこんな時間にそんな美味そうなもの見せないで〜!」ってな感じである。その後、番組は別のコーナーになり、出演者が落語をやる場面になった。BGMは落語でよく使われる音だ。...と思っていたら突然TVから朝花節の前奏が流れてきた。十数秒流れていたと思う。「なんで落語で朝花節?」と不思議で不思議で仕様がなかった。


下手と上手 2005年1月15日

演奏が「上手い」とはどういう事なのか。三味線の場合西洋楽器とは違って、正確なリズムとピッチで安定したタッチの弾き方が必ずしも「上手い」とは限らない。いやいや、西洋楽器だってリズムとピッチを正確に弾く事が必ずしも「上手い」演奏だとは限らないだろう。去年あたりからこの事についていつも考えているが答えはまだ見つかっていない。


新年 2005年1月9日

2005年がやってきた。
7日は結ま〜るのわぃわぃライヴに参加。久々に奈良氏も出演したので悦子ママと3人のユニットで沖縄あり奄美ありジョンレノンありと楽しい演奏が出来た。
今月はそのわぃわぃライヴに始まり15日が新宿でうずまきライヴ、マブリのライヴが21日グルくん、そして28日が結ま〜ると毎週のようにライヴ活動の予定が入っていて「幸先の良い年だ」等と思っていたら、なんと15日のうずまきライヴがライヴハウス側の都合でキャンセルになってしまった。理由を聞いてびっくり。防音設備の不備で暫くの間営業が出来ないらしい。今までいろいろな場所で演奏してきたが、こんな理由でキャンセルになるのは初めてである。世の中いろんな事があるものだ。


戻る