- 島唄四方山話 -

その2:続・唄遊びでの唄い方 2005.6.14up

公民館での唄遊び
■唄遊びでの唄い方B
 唄遊びでシマのお年寄りたちが実際にどのように唄っているかを前回書いたが、@もAもアマチュアレベルの話であり、これが“唄者”と呼ばれる唄名人が複数名集まると話は変わる。
私は数年前、喜界島のベテラン唄者である生駒さんと菅沼さんのお二人の唄掛けを伴奏させてもらった事があるが、これがホントに凄かった。生駒さんが唄い出すと菅沼さんがお囃子をし、次はその逆、またその次は逆と、とにかく唄が途切れないのは勿論の事、間がほとんど空かない。唄声と唄声が重なり合い連綿と続く。まるで勝負をしているかの雰囲気だ。実際に昔は土地争いなどは唄掛けで勝負をつけたと聞く。詰まって唄を出せなくなった方が負けで土地を取られたそうだ。そういった真剣勝負のような空気がヒシヒシと伝わってくる唄掛けだった。また両者の唄い方が違う(城久集落と志戸桶集落/喜界島中央部と北部の違い)ので、伴奏をしている私も常に緊張感を持って臨まねばならず、大変勉強になった。
そして長い長い『朝花節』が終わるとお茶を一口すすって喉を潤したお二人が次に「じゃ、次は“黒だんど”ね。」というので、私が前奏を弾き始めると、とんでもない所から「♪ハレ〜」と入ってきた。ここ以外でもシマのお年寄りは前奏の途中で唄い出す事が多い。というかあまりちゃんと聞いていないようである(笑)。
この『黒だんど節』も二人の掛け合いが20分くらい続いた。
このように唄者と呼ばれる人たちが複数集まると唄遊びは大変グレードアップする。歌詞がいくらでも出てくるので、1曲が数十分になることがザラなのだ。
■唄遊びでの唄い方C
 最後に師匠朝崎から教わった唄遊びの唄い方(上級者編)を記しておこう。東唄(ひぎゃうた:大島南部のスタイル)の師匠はこう言う。
「東唄の中でも加計呂麻は唄袋だから唄が豊富にあるのよ」と。
普通の唄遊びはたいていどこの集落も『朝花節』で始まるが、加計呂麻の場合、更にめでたい席では『長朝花節』から始める。もっとめでたい席、例えば家の落成など一生に何度もないめでたさの時は『朝顔節』から宴が始まるらしい。『朝顔節』は最上級の祝い唄でちょっとやそっとじゃ軽々しく唄えない。そういう上級者向けの唄でもあるようだ。
『朝花節』の次は『俊良主節』、『黒だんど節』と続き、中盤は『よいすら節』、『糸繰り節』などのスタンダードナンバーや自分の好きな唄を唄う。
また、時と場合によって場に相応しくない唄、例えばスタンダードナンバーではあるが歌詞の中で「橋が流れた」と連呼する『らんかん橋節』はめでたい席では唄ってはいけないとか、「霊を呼ぶ」という理由から夜になったら『かんつめ節』は唄ってはいけないとか、お葬式で『朝花節』は唄ってはいけないとか、いろいろなタブーもあるようだ。
場が盛りあがってきた後半はだんだんと難しい唄、『嘉徳なべ加那節』など調弦が三下がりの唄へと続く。そして最後には『六調』で締め。昔は『六調〜天草』とメドレーで最低でも軽く30分は続けたという。いくら娯楽の少なかった時代とは言え、踊る人たちのパワーが凄かったに違いない。
『六調〜天草』で乱舞した後は、少し落ち着きを取り戻すかのように『朝花節』を唄う。但しこの場合、歌詞がお別れの内容となる『おわり朝花』である。これで宴は終了となる。

 


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